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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)2131号 判決 1994年10月14日

控訴人 アース名刺株式会社 ほか六名

被控訴人 国

代理人 川口泰司 山田敏雄 ほか六名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  申立て

(控訴人ら)

1  原判決を取り消す。

2  控訴人は、くじ引き番号付きにし、かつ、図画等を記載した郵便法に定める通常葉書及びくじ引き番号付きにした郵便法に定める通常葉書を四一円で、くじ引き番号付きにした郵便法三四条一項二号に定める通常葉書を四三円で販売してはならない。

3  被控訴人は、控訴人アース名刺株式会社、同エンゼルピック株式会社、同株式会社サクライカード、同株式会社砂田及び同株式会社西富商会に対し各九〇〇万円、同ハート株式会社に対し四八〇〇万円、同株式会社ヤマガタに対し二九〇〇万円及び右各金員に対する平成元年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  主張及び証拠

主張は、次に付加・訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであり、証拠は、原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

1  原判決八枚目表九行目と一〇行目との間に次のとおり加える。

「(四) お年玉付郵便葉書等に関する法律違反

(1)  お年玉付郵便葉書等に関する法律一条二項は、お年玉付年賀葉書等の賞品の総額は発行総額の一〇〇分の五に相当する額を超えてはならないと定めている。

(2)  ところが、昭和六三年度に被告が発行したお年玉付年賀葉書等の賞品の総額は発行総額の一〇パーセント強であって、右限度額をはるかに超えるものであった。これは、右法条に違反するものであるとともに、前記独占禁止法の規定にも違反している。」

2  同一四枚目表五行目と六行目との間に次のとおり加える。

「(三)(1) 同2(四)の主張は、控訴審の口頭弁論終結の直前になって初めて提出されたものであり、故意又は過失により時機に後れて提出された攻撃方法であって、訴訟の完結を遅延させるものであるから、これを却下すべきである。

(2) 同2(四)(1)は認めるが、(2)は否認する。昭和六三年度お年玉付年賀葉書の賞品総額は発行総額の一・六パーセント強にすぎないから、なんら法に違反してはいけない。のみならず、仮に違反しているとしても、そのことから直ちに原告ら主張の私製葉書の販売数量の減少による損害が生じるものではないから、この違反と原告ら主張の損害との間に因果関係は存在しない。」

3  同一四枚目表七行目の「同4(一)は認め、」を「同4(一)のうち、昭和六三年度における年賀葉書の発行数は否認する。同年度の発行数は三四億三〇〇〇万枚である。その余は認める。」と改める。

4  同一八枚目裏七行目と八行目との間に次のとおり加える。

「ちなみに、昭和六三年度における絵無し葉書と絵入り葉書の製造経費(用紙代を含む印刷等の経費、絵入り葉書はそのほかに原画料が加わる。)の一枚当たりの額は、絵無し葉書が〇・八六円であるのに対し、年賀葉書は二・七七円、「かもめーる」は一・四六円、「さくらめーる」は一・四七円であるが、年賀葉書の製造経費の増加分一・九円は、郵便葉書の販売額の特例に関する省令によって上乗せが認められている二円の範囲内である。また、「さくらめーる」及び「かもめーる」の右各増加分は、いずれも一円にも満たない僅少なものである。」

5  同二〇枚目裏一〇行目と一一行目との間に次のとおり加える。

「3 経費の僅少性について

被告主張の各絵入り葉書の製造経費の通常葉書の代金四〇円に対する比率は、「かもめーる」で三・六パーセント、「さくらめーる」で三・六五パーセント、年賀葉書で六・九三パーセントであって、決して僅少な率ではないので、これを上乗せすることなく通常の料金額で販売することは許されないというべきである。」

理由

一(一)  <証拠略>によれば、控訴人らは、いずれも私製葉書等の製造、販売を業とする者であることが認められる。

(二)  被控訴人が本件年賀葉書等を発行し、このうち、くじ引き番号付きで図画等の記載のない「お年玉付年賀葉書」、「さくらめーる」及び「かもめーる」、くじ引き番号付きで図画等の記載のある「さくらめーる」及び「かもめーる」についてはいずれも四一円で、くじ引番号付きで図画等の記載のある寄附金付お年玉付年賀葉書については四三円(ただし、寄附金三円を除いた額)でそれぞれ販売していることは当事者間に争いがない。

二  控訴人は、被控訴人も独占禁止法上の事業者であり、私製葉書の製造、販売を業とする事業者である控訴人らとともに需要者に同種の商品を提供する者であって、互いに競争関係に立つので、本件年賀葉書等の発行及び販売についても独占禁止法の適用があると主張するので、まず、この点について検討する。

「郵便は、国の行う事業であって、郵政大臣がこれを管理する。」(郵便法二条)ものであり、「何人も、郵便の業務を業とし、又、国の行う郵便の業務に従事する場合を除いて、郵便の業務に従事してはならない。」(同法五条一項)し、また、「郵便切手その他郵便に関する料金を表す証票は郵政大臣がこれを発行し、郵政省及び別に法律の定める販売者においてこれを販売する」(同法三三条一項)ものであるから、郵便料金を表す料額印面の付いた郵便葉書(いわゆる官製葉書)も、「郵便切手その他郵便に関する料金を表す証票」として、これを発行し販売するのは国の独占であると法定されているようにみえないわけではない。

しかし、一方、同法二二条三項は、郵便葉書は郵政大臣が発行するものと規定するとともに、その但書において、第二種郵便物である通常葉書及び往復葉書は、所定の規格及び様式により私製することを妨げないと定めているのであって、これら郵便法の諸規定からすると、国が独占的に行う郵便の業務とは、信書及びその他の一定の物件の送達とこれに付随する郵便切手類の発行・販売を指すものであり、郵便葉書の発行・販売は、郵便の業務と関連するものの、郵便の業務そのものには含まれず、国の独占に属するものではないといわなければならない。したがって、郵便葉書の発行・販売という事業に関する限り、被控訴人国もまたその事業の主体として独占禁止法の事業者に該当し、私製の郵便葉書の製造・販売を業とする事業者である控訴人らと競争関係に立つものというべきである。

もっとも、郵便規則(昭和二二年一二月二九日逓信省令第三四号)一二条によれば、郵便法二二条三項の規定による郵政大臣が発行する郵便葉書は、表面の左上部に料額印面をつけるものとされている(一項四号)ところ、この料額印面は郵便法二三条所定の「郵便に関する料金を表す証票」にほかならず、この証票は郵政大臣のみが発行し、郵政省及び別の法の定める販売者が販売するものと定められている(同条一項)ので、この料額印面(証票)と一体をなす郵便葉書(いわゆる官製葉書)もまた、必然的に郵政大臣のみが発行し、郵政省その他一定の者がこれを販売することとなり、この郵便葉書の発行、販売については、私製葉書を製造、販売する事業者との間で競争が生ずる余地はないといわざるをえないかのごとくである。

しかし、郵便法二二条三項そのものは、郵政大臣は一般的に郵便葉書を発行するとしているだけで、料額印面を付したもののみを発行すると規定しているわけではないのであって、これを料額印面つきのものとし郵便葉書を前記証票と一体化すべきものとしているのは省令である郵便規則の定めによるにすぎないし、また、需要者の立場からみて、料額印面つきの郵便葉書とこれのつかない郵便葉書との間に質的な違いがあるわけではなく、両者は同種の商品というべきであるから、料額印面つきの郵便葉書は郵政大臣のみがこれを発行し、私製することが許されないからといって、被控訴人国が郵便葉書自体の発行・販売の事業者でなくなり、郵便葉書の製造・販売の事業者である控訴人らと競争関係に立たなくなるものということはできない。

そうすると、本件年賀葉書等の発行、販売についても独占禁止法の適用があるものといわなければならない。

三  そこで、本件年賀葉書等の発行、販売が不公正な取引方法に当たるかどうかについて検討する。

(一)  不当廉売について

まず、本件年賀葉書等の発行、販売が「正当な理由がないのに商品をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給し、その他不当に商品を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にするおそれがある」(独占禁止法二条九項二号、昭和五七年六月一八日公取委告一五「不公正な取引方法」第六項)取引に当たるかどうかについて検討する。

1  郵便葉書の販売額についての郵便法の定め

まず、郵政大臣の発行する郵便葉書の販売額についての郵便法の定めをみるに、同法は第二種郵便物の料金につき二二条二項に規定を設けているけれども、これは郵便料金を定めたものであって第二種郵便物である郵便葉書自体の販売額を定めたものではなく、このほかに郵便葉書の販売額を一般的に定めた明文の規定は郵便法には見当たらない。

もっとも、同法三四条一項二号によれば、郵政大臣が対価を得ないで図画等を記載した郵便葉書で料額印面の付いたものを発行したときは、料額印面に表された金額を超える額でその記載に要する費用を勘案して省令で定める額をもって販売することができるものとされているのであって、この点からすれば、郵政大臣が図画等を記載しない郵便葉書で料額印面の付いたものを発行するときは、料額印面に表された額で販売しなければならないというのがこの規定の前提とする立場であり、それが郵便葉書の販売額について郵便法の趣旨とするところであると解することができる。

2  くじ引き付年賀葉書について

以上のような観点に立ってくじ引き付年賀葉書(図画等の記載のないもの)について考えるに、それがくじ引き付である以上、当選者に相当の賞品を贈らなければならず、<証拠略>によれば、その額は発行した葉書の販売額の一・六パーセントを下るものでないことが窺われるけれども、このような年賀葉書もまた図画等の記載のない郵便葉書にほかならないから、郵便葉書の販売額についての前記のような郵便法の立場からすれば、料額印面に表された金額でこれを販売するよりほかはなく、賞品等に要する費用を勘案してその販売額を定めることは郵便法によっては認められていないものといわざるをえない。

このように、図画等の記載のないくじ引き付年賀葉書については、その販売額が法定されている結果、その法定額である料額印面に表された金額で販売する限り、それが独占禁止法が禁止する不当廉売等に該当する余地はないといわなければならないから、この点に関する控訴人らの主張を採用することはできない。

3  図画等を記載した郵便葉書について

このような郵便葉書については、前記のとおり、その記載に要する費用を勘案して省令で定める額で販売することができるものと定められているところ、被控訴人が郵便葉書の販売額に関する省令に基づき、くじ引き番号付で図画等を記載した「さくらめーる」及び「かもめーる」についてはいずれも図画等を記載しない葉書と同額の四一円(郵便料金の額)で、くじ引番号付で図画等を記載した寄付金付お年玉付年賀葉書については四三円(ただし、寄附金三円を除いた額)で販売していることは前記のとおりである。ところが、<証拠略>によれば、昭和六三年度における図画等の記載のない通常葉書の製造経費(用紙代を含む印刷経費)は一枚〇・八六円であるのに対し、絵入り年賀葉書(寄附金付)、絵入り「かもめーる」及び「さくらめーる」のそれ(通常葉書の印刷費のほかに原画料も含まれる。)は、それぞれ二・七七円、一・四六円、一・四七円であることが認められるので、これらの絵入り葉書については相応の製造経費(用紙代、印刷経費、原画料等)を要しているにもかかわらず、実質的には無償で(その販売額は郵便料金である。)これを供給しているものということになり、その意味において、これらの葉書の対価が低廉であることは否定することができない。

しかしながら、前記のとおり図画等の記載のない郵便葉書については料額印面に表された金額で販売しなければならないというのが郵便法の趣旨とするところであること、図画等を記載した郵便葉書の販売額の特例を定める郵便法三四条一項二号も「料額印面に表された金額を超える額でその記載に要する経費を勘案して省令で定める額」で販売することができると規定していることからすると、同条により図画等を記載した郵便葉書の販売額を定めるについて勘案される「記載に要した経費」とは、図画等を記載した郵便葉書の製造経費から図画等を記載しない郵便葉書の製造経費を除いたもの、すなわち図画等の記載のために要する経費を指すものといわざるをえず、そのような観点からすれば、これらの絵入り葉書のうち年賀葉書の経費の増加分一・九一円は昭和六三年度の販売額を四二円(弁論の全趣旨により認める。)と定めるについても勘案されており、したがって実質的に無償というわけではないことになり、また、「さくらめーる」及び「かもめーる」の経費の増加額(これは同葉書の販売額を定めるについて全く勘案されていない)もその増加額はそれぞれ〇・六円、〇・六一円にすぎないとみられることや、国が郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく公平に提供することによって、公共の福祉を増進することを目的として郵便の事業を行うものであり(郵便法二条)、郵便葉書の製造販売もそれに付随する事業としてなされているものであることを考慮すれば、右絵入り葉書の対価が低廉であることについて「正当な理由がない」(前記公取委告一五「不公正な取引方法」第六項)ものということはできず、また、それが「不当に」低い対価であるということもできない。したがって、これが不当廉売として独占禁止法に違反するとの控訴人らの主張を採用することはできない。

(二)  優越的地位の不当利用による取引について

被控訴人による本件年賀葉書等の販売が、前記公取委告一五「不公正な取引方法」第一四項各号所定の行為のいずれかに該当することを肯認すべき事情を認めるに足りる証拠はなんら存在しないから、これが独占禁止法二条九項五号の「自己の取引上の地位を不当に利用する取引」には当たるとする控訴人らの主張も採用の限りではない。

四  次に、私的独占行為に当たるかどうかについて考える。

独占禁止法三条により禁止されている「私的独占」とは、事業者が、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいうものであるところ(同法二条五項)、本件年賀葉書等の販売が郵便の役務をなるべく安い料金で提供することにより公共の福祉を増進することを目的とする郵便事業に付随する事業としてなされているものであることは前記のとおりであり、これが公共の利益に反するものといえないことは明らかであるから、「私的独占」に当たるとする控訴人らの主張もまた採用することができない。

五  さらに、本件年賀葉書等の販売がお年玉年賀葉書等に関する法律に違反するかどうかについて検討する。

(一)  被控訴人は、控訴人らの右法律違反の主張は控訴審の口頭弁論終結の直前になって初めてなされたものであることを理由として、時機に後れた攻撃方法として却下すべきであると主張するが、控訴人らの右攻撃方法の提出は訴訟の完結を遅延させるものでもないので、被控訴人の右主張は採用しない。

(二)  お年玉付郵便葉書等に関する法律に基づいてくじ引きによりお年玉として贈る金品(賞品)の総価額は、お年玉付郵便葉書等の発行総額の一〇〇分の五に相当する額を超えてはならないものと定められているところ(お年玉付郵便葉書等に関する法律一条二項)、<証拠略>によれば、昭和六三年度のお年玉付年賀葉書の発行枚数は三四億三〇〇〇万枚(絵入り分三億六〇〇〇万枚、絵なし分三〇億七〇〇〇万枚)であり、賞品の総価額(仕入価額)は二二億五八〇三万五〇〇〇円であることが認められるから、右の賞品総価額は右法律による総価額の最高限度額六八億六〇〇〇万円(一枚当たり四〇円×全発行部数三四億三〇〇〇万枚×法律上の最高限度割合一〇〇分の五)の範囲内にあり、なんら右法条に違反するものではない。

のみならず、仮に賞品総価額の算定方法いかんによりこれが法定の範囲を超えていることになるものとしても、そのために控訴人ら主張のような損害が生じる結果となったことを認めるに足りる証拠は存在せず、また、それによって控訴人らの差止めの請求が理由あるものとなる根拠を見出すこともできない。

六  そうすると、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 野村利夫 楠本新)

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